原文

  1. `兵法と云事武家の法也
  2. `将たる者はとりわき此法を行なひ卒たる者も此道を知るべき事なり
  3. `今世の中に兵法の道に弁まへたるといふ武士なし
  4. `道を顕しては仏法として人をたすくる道
  5. `又儒道としての道を糾し医者といひて諸病を治する道
  6. `或は歌道者とて和歌の道ををしへ或は数寄者 弓法者 其外諸芸諸能までも思ひ思ひに稽古しこころこころにすくものなり
  7. `兵法の道にはすく人まれ也
  1. `武士は
  2. `文武二道
  3. `と云ひて二ツの道を嗜む事是道也
  4. `此道ぶきようなり共武士たるものはおのれおのれが分際程は兵の法をばつとむべき事也
  5. `大形武士の思ふ心をはかるに
  6. `武士は只
  7. `死ぬる
  8. `と云ふ道を嗜む事
  9. `と覚ゆる程の儀也
  10. `死する道に於ては武士ばかりに限らず
  11. `出家にても女にても百姓以下に至るまで義理を知り恥を思ひ死するべきを思ひきる事は其差別なきものなり
  12. `武士の兵法をおこなふ道は何事に於ても大にすぐるるところを本とし或は一身の切合にかち或は数人の戦に勝主君の為我身の為名をあげ身をたてんと思ふ是兵法の徳をもつてなり
  1. `又世の中に
  2. `兵法の道をならひても実の時の役にはたつまじき
  3. `と思ふ心あるべし
  4. `其儀に於ては何時にても役に立やうに稽古し万事に至り役に立様にる事是兵法の実の道也