二 一 兵法の道と云事
原文
- `漢土和朝迄も此道を行なふ者を
- `兵法の達者
- `と云伝へたり
- `武士として此法を学ばずと云事有べからず
- `近代
- `兵法者
- `と云て世を渡る者是は剣術一通の事也
- `常陸国かしまかんとりの社人共
- `明神の伝へとして流々をたてて国々を回り人に伝ふる事近き頃の儀也
- `古しへより十能七芸と有うちに
- `利方
- `と云て芸にわたると云へ共
- `利方
- `と云出すより剣術一通にかぎるべからず
- `剣術一へんの利までにては剣術も知りがたし
- `勿論兵の法には叶べからず
- `世の中を見るに諸芸をうり物にしたて我身をうり物のやうに思ひ諸道具につけてもうり物にこしらへる心花実の二ツにして花よりも実のすくなき所也
- `とりわき此兵法の道に色をかざり花をさかせて術をてらひ或は
- `一道場
- `或は
- `二道場
- `など云て此道を教へ此道を習ひて
- `利を得ん
- `と思ふ事誰か云ふ
- `なまひやうはふ大疵のもと
- `まこと成べし
- `凡人の世を渡る事士農工商とて四ツの道也
- `一ツには農の道
- `農人は色々の農具を設け四季転変の心得いとまなくして春秋を送る事是農の道也
- `二ツにはあきなひの道
- `酒を作るものは夫々の道具をもとめ其善悪の利を得て渡世をおくるいづれもあきなひの道
- `其身其身のかせぎ其利を以て世を渡る也是商の道
- `三ツには士の道
- `武士に於てはさまざまの兵具をこしらへ兵具しなじなの徳を弁へたらんこそ武士の道なるべけれ
- `兵具をもたしなまず其具々の利をも覚ざる事武家は少々たしなみのあさきもの歟
- `四ツには工の道
- `大工の道に於ては種々様々の道具をたくみこしらへ其具々を能つかひ覚えすみかねを以て其さしづをただしいとまもなくそのわざをして世を渡る是士農工商四ツの道也
- `兵法を大工の道にたとへて云あらはす也
- `大工にたとふる事
- `家
- `といふ事につけての儀也
- `公家 武家 四家 其家のやぶれ 家のつづくと云事
- `其流
- `其風
- `其家
- `などと云へば
- `家
- `と云より大工の道にたとへたり
- `大工
- `は
- `大きにたくむ
- `と書なれば兵法の道
- `大きなるたくみ
- `によつて大工に云なぞらへて書顕す也
- `兵の法を学ばんと思はば此書を思案して師ははり弟子は糸と成てたえず稽古有るべき事也