九 一 兵法の拍子の事
原文
- `物毎に付拍子は有る物なれ共とりわけ兵法の拍子鍛錬なくては及がたき所也
- `世の中の拍子あらはれて有事乱舞の道れい人管絃の拍子など是皆能あふ所のろくなる拍子也
- `武芸の道にわたつて弓を射 鉄砲を放 馬に乗る事迄も拍子調子は有り諸芸諸能に至ても拍子をそむく事は有るべからず
- `又空なる事に於ても拍子は有り
- `武士の身の上にして奉公に身をしあぐる拍子しさぐる拍子筈のあふ筈のちがふ拍子有
- `或は商の道分限になる拍子
- `分限にても其たゆる拍子
- `道々に付けて拍子の相違有事也
- `物毎のさかゆる拍子おとろふる拍子
- `能々分別すべし
- `兵法の拍子に於て様々有事也
- `先あふ拍子を知つてちがふ拍子を弁へ大小遅速の拍子の中にもあたる拍子を知り間の拍子を知り背く拍子を知る事兵法の専也
- `此背く拍子弁へ得ずしては兵法たしかならざる事也
- `兵法の戦に其敵其敵の拍子を知り敵の思ひよらざる拍子を以て空の拍子を智恵の拍子より発して勝所也
- `何れの巻にも拍子の事を専書記也
- `其書付の吟味をして能々鍛錬すべきもの也
- `右一流の兵法の道朝な朝な夕な夕な勤め行ふによつて自ら広き心になつて多分一分の兵法として世に伝ふる所初て書顕す事
- `地
- `水
- `火
- `風
- `空
- `是五巻也
- `我兵法を学ばんと思ふ人は道を行ふ法有り
- `第一によこしまになき事を思ふ所
- `第二に道の鍛錬する所
- `第三に諸芸にさはる所
- `第四に諸職の道を知事
- `第五に物毎の損徳を弁ふる事
- `第六に諸事目利を仕覚る事
- `第七に目に見えぬ所をさとつて知る事
- `第八にわづかなる事にも気を付る事
- `第九に役に立ぬ事をせざる事
- `大形如㆑此理を心に懸て兵法の道鍛錬すべき也
- `此道に限て直なる所を広く見立ざれば兵法の達者とは成がたし
- `此法を学び得ては一身にして二十三十の敵にも負べき道にあらず
- `先気に兵法をたえさず直なる道を勤ては手にて打勝目に見る事も人に勝ち又鍛錬を以て総体自由なれば身よりも人に勝ち又此道になれたるなれば心を以ても人に勝ち此所に至てはいかにとして人にまくる道有んや
- `又大きなる兵法にしては善人をもつ事に勝人数を遣ふ事に勝身を正しく行ふ道に勝国を治る事に勝民をやしなふ事に勝世の例法をおこなふに勝
- `何れの道に於ても人に負ざる所を知りて身をたすけ名をたすくる所是兵法の道也
- `正保二年五月十二日 新免武蔵
- `寺尾孫之丞殿
- `寛文七年二月五日 寺尾夢世勝延 花押
- `山本源介殿