二九後書

原文

  1. `右書付る所一流剣術の場にしてたえず思ひよる事のみ云顕し置もの也
  2. `今初て此利を書記物なればあとさきと書まぎるる心有てこまやかに云わけがたし
  3. `此道を学ぶべき人の為には心しるしに成るべきもの也
  4. `我若年より以来兵法の道に心をかけて剣術一通りの事にも手をからし身をからし色々様々の心に成り他の流々をも尋見るに或は口にていひかこつけ或は手にてこまかなるわざをし人目によき様に見すると云ても一ツも実の心に有べからず
  5. `勿論かやうの事しならひても身をきかせならひ心をきかせつくる事と思へ共皆是道のやまひとなりて後々までもうせがたくして兵法の直道世にくちて道のすたる
  6. `剣術実の道になつて敵と戦ひ勝事此法替事有べからず
  7. `我兵法の智力を得てなる所を行ふに於ては勝事うたがひ有べからざるもの也
  8. `正保二年五月十二日  新免武蔵
  9. `寺尾孫之丞殿
  10. `寛文七年二月五日  寺尾夢世勝延 花押
  11. `山本源介殿