五 一 この兵法の書を五巻に仕立てる事
現代語訳
- `五つに道を分かち、一巻一巻にしてその利を知らしめんがために
- `地
- `水
- `火
- `風
- `空
- `として五巻に書き表すものである
- `地の巻
- `においては、兵法の道の概要、我が流の見立て
- `剣術ひと通りでは実の道を得難い
- `大きな所から小さい所を知り、浅きから深きに至る真っ直ぐな道の地形を均すことから、初めを
- `地の巻
- `と名付けた
- `第二
- `水の巻
- `水を手本として、心も水になるのである
- `水は方形・円形の器物に従い、一滴となり、蒼海となる
- `水には碧潭の色がある
- `この清いところを用いて我が流のことをこの巻に書き表すものである
- `剣術ひと通りの理を定かに見分け、一人の敵に自由に勝つときは、世界の人にみな勝つところである
- `人に勝つという心は千万の敵にも同じである
- `将たる者の兵法では、小さいのを大きくすることは尺という単位の型を用いて大仏を建立するに等しい
- `このような事柄はこまやかには書き分け難い
- `一を以て万を知ることが兵法の理である
- `我が流のことをこの
- `水の巻
- `に書き記すものである
- `第三
- `火の巻
- `この巻に戦のことを書き記す
- `火は、大となり、小となり、尋常ならぬ性質のあることから、合戦のことを書くのである
- `合戦の道は、一人と一人との戦いも、万と万との戦いも、同じ道である
- `心を大きなものにし、心を小さくして、よく吟味して見るべし
- `大きな所は見えやすい
- `小さな所は見えにくい
- `その子細であるが、大隊の場合は即座に動き回り難く、一人の場合は心一つで変わることがはやいために小さなところを知ることが難しい
- `よく吟味あるべし
- `この火の巻のことは、はやい間のことである故に、日々手馴れて常の如く思い、心の変わらぬところが兵法では肝要である
- `したがって、戦勝負のところを
- `火の巻
- `に書き表すのである
- `第四
- `風の巻
- `この巻を風の巻として記すものは我が流のことではない
- `世の中の兵法、その流派流派のことを書き載せるところである
- `風
- `と言うにおいては
- `昔の風
- `今の風
- `その家々の風
- `などとあることから、世間の兵法、その流派のしわざを定かに書き表す、これ風である
- `他のことをよく知らずしては自らの身の程は知り難い
- `道の事々を行う中に
- `外道
- `という心がある
- `日々その道を勤めるといっても、心が背けば、自身がよい道と思っても、真っ直ぐな所から見れば実の道ではない
- `実の道を極めねば、わずかな心の歪みに外道の心が付いて、後には大きく歪むものである
- `吟味すべし
- `他流の兵法は
- `剣術ばかり
- `と世間が思うのももっともである
- `我が兵法の利やわざにおいては全くの別物である
- `世間の兵法を知らしめんがために
- `風の巻
- `として他流のことを書き表すのである
- `第五
- `空の巻
- `この巻を
- `空
- `と書き表すことについて
- `空
- `と言い出すからには
- `何を
- `奥
- `と言い
- `何を
- `口
- `と言おうか
- `道理を得ては道理を離れ、兵法の道におのずと自由があって、おのずと奇特を得る
- `時機に合っては拍子を知り、自ら打ち、自ら当たる、これみな空の道である
- `おのずと実の道に入ることを
- `空の巻
- `にして書き留めるものである