九 一 他の兵法にはやきを用いる事
現代語訳
- `兵法の
- `はやい
- `というのは、実の道ではない
- `はやい
- `というものは、物事の拍子の間と合わぬために
- `はやい
- `遅い
- `というのである
- `その道の上手になって後は、はやく見えぬものである
- `たとえば人には
- `はや道すなわち道急または飛脚
- `といって四十里・五十里行く者もある
- `これも朝から晩まではやく走るわけではない
- `道の不堪な者は一日走るようであっても捗行かぬものである
- `乱舞すなわち能・猿楽等の道で、上手の謡う曲に下手が付けて謡えば、遅れがちになっていそがしいものである
- `また、鼓・太鼓で
- `能の老松
- `を打つ際、静かな調子であっても、下手はこれにも遅れ、焦って急ぎがちになる
- `高砂
- `は急な調子であるが、はやいというのはまずい
- `はやきはこける
- `といって、間に合わない
- `もちろん遅いのもまずい
- `これも上手のすることはゆったりと見えて間が抜けていないのである
- `諸事仕慣れた者のすることはいそがしく見えぬものである
- `この譬えを以て道の理を知るべし
- `殊に兵法の道において、はやいというのはまずい
- `その子細であるが、これも所によって、沼・湿地などにおいて身体・足共にはやく行きにくい
- `太刀はいよいよはやく斬ることができない
- `はやく斬ろうとすれば扇・小刀のようにはいかず、ちゃっと手早く斬れば少しも斬れぬものである
- `よくよく分別すべし
- `大分の兵法にあっても
- `はやく急ぐのはまずい
- `枕をおさえる
- `つもりであれば少しも遅いことはないのである
- `人のむやみにはやいことなどには
- `背く
- `といって、静かになり、人に合わせぬところが肝要である
- `これは心の工夫鍛錬あるべきことである