四三六公卿揃
原文
- `御乳には前右大将宗盛卿の北方と定められたりしが去る七月に難産をして失せ給ひしかば平大納言時忠卿の北方帥典侍殿御乳に参らせ給ひて後には
- `帥典侍
- `とぞ人申しける
- `法皇やがて還御門前に御車を立てられたり
- `入道相国嬉しさのあまりに砂金一千両富士の綿二千両法皇へ進上せらるる
- `然るべからず
- `とぞ人申しける
- `今度の御産に勝事数多あり
- `まづ法皇の御験者
- `次に后御産の時御殿の棟より甑を転ばかす事ありけり
- `皇子御誕生には南へ落し皇女誕生には北へ落すをこれは北へ落されたりければ人々
- `いかに
- `と騒がれて取り上げ落し直されたりけれども
- `なほ悪き事
- `にぞ人申しける
- `可笑しかりしは入道相国のあきれ様
- `めでたかりしは小松大臣の振舞ひ
- `本意なかりしは前右大将宗盛卿の最愛の北方に後れ給ひて大納言大将両職を辞して籠居せられし事
- `兄弟共に出仕あらばいかにめでたからん
- `次に七人の陰陽師参りて千度の御祓仕る
- `その中に掃部頭時晴といふ老者あり所従なども乏少なりけるがあまりに人多く参り集ひて筍を籠み稲麻竹葦の如し
- `役人ぞ開けられ候へ
- `とて押し分け押し分け参るほどにいかがはしたりけん右の沓を踏み脱がれて其処にてちつと立ち休らふが冠をさへ突き落されぬ
- `さばかりの砌に束帯正しき老者が髻放つて練り出でたりければ若き公卿殿上人は堪へずして一度にどつとぞ笑はれける
- `陰陽師などいふは返倍とて足をも徒に踏まずとこそ承れ
- `それにかかる不思議共のありけるをその時は何とも覚えざりけれども後にこそ思ひ合はする事共は多かりけれ
- `御産によつて六波羅へ参らせ給ふ人々関白松殿太政大臣妙音院左大臣大炊御門右大臣月輪殿内大臣小松殿左大将実定源大納言定房三条大納言実房五条大納言国綱藤大納言実国按察使資方中御門中納言宗家花山院中納言兼雅源中納言雅頼権中納言実綱藤中納言資長池中納言頼盛左衛門督時忠別当忠親左宰相中将実家右宰相中将実宗新宰相中将通親平宰相教盛六角宰相家通堀川宰相頼定左大弁宰相長方右大弁三位俊経左兵衛督成範右兵衛督光能皇太后宮大夫朝方左京大夫脩範太宰大弐親信新三位実清以上三十三人右大弁の外は直衣なり
- `不参の人々には花山院前太政大臣忠雅公大宮大納言隆季卿以下十余人
- `後日に布衣着して入道相国の西八条の亭へ向かはれけるとぞ聞えし