五三七大塔建立
原文
- `御修法の結願には勧賞共行はる
- `仁和寺御室は東寺修造せらるべきなり
- `後七日の御修法並びに大元の法潅頂興行せらるべき由仰せ下さる
- `御弟子法眼円良法印に成さる
- `座主宮は二品並びに牛車の宣旨を申させ給ふを御室障へ申させ給ふによつて御弟子覚誓僧都法印に成さる
- `その外の勧賞共毛挙に遑あらずとぞ聞えし
- `日数経にければ中宮は六波羅より内裏へ帰り参らせ給ふ
- `入道相国の御娘后に立たせ給ふ上はあはれ疾くしてこの御腹に皇子御誕生あれかし
- `位に即け奉りて夫婦共に外祖父外祖母と仰がれん
- `と願はれけるが
- `我が崇め奉る厳島へ申さん
- `とて月詣をせられけるに中宮やがて御懐妊ありて御産平安皇子御誕生こそめでたけれ
- `抑も平家安芸厳島を信じ始られける事はいかにと云ふに清盛公未だ安芸守たりし時安芸国を以て高野の大塔修理せられけるに渡辺遠藤六郎頼方を雑掌に付られたり
- `六年に修理終りぬ
- `修理終りて後清盛高野へ上り大塔拝み奥院へ参られたりけるに何処より来たるともなく白髪なるが眉には霜を垂れ額に波を畳み鹿杖の二股なるにすがつて来給へり
- `この僧何となう物語をしけるほどに
- `それ我が山は昔より密宗を控へて退転なし
- `天下にまたも候はず
- `大塔既に修理終り候ひぬ
- `それにつき候ひては越前の気比宮と安芸の厳島は両界の垂迹にて候ふが気比宮は栄えたれども厳島は無きが如くに荒れ果てて候ふ
- `あはれ同じうはこの序でに奏聞して修理せさせ給へかし
- `さだにも候はば官加階は肩を並ぶる人天下にもまたあるまじきぞ
- `とて立たれけり
- `この老僧の居給へる所に異香即ち薫じたり
- `人を付けて見せらるるに三町ばかりは見え給ひてその後は掻き消すやうに失せ給ひぬ
- `これ只人にあらず
- `大師にてましましけり
- `といよいよ尊く覚えて娑婆世界の思ひ出にとて高野の金堂に曼陀羅を書かれけるが西曼陀羅をば常明法印といふ絵師に書かせらる
- `東曼陀羅をば清盛書かん
- `とて自筆に書かれけるが八葉の中尊の宝冠をばいかが思はれけん我が首の血を出だいて書かれけるとぞ聞えし
- `その後都へ上り院参してこの由を奏聞せられたりければ君も臣も御感ありけり
- `なほ任を延べて厳島をも修理せらる
- `鳥居を建て替へ社々を造り替へ百八十間の廻廊をぞ造られける
- `修理終りて後清盛厳島へ参り通夜せられたりける夢に御宝殿の御戸押し開き鬢結うたる天童の出でて
- `汝この剣を以て朝家の御固めたるべし
- `とて銀の蛭巻したる小長刀を賜はるといふ夢を見て覚めて後見給へば現に枕上にぞ立たりける
- `さて大明神御託宣ありて
- `汝知れりや忘れりやある聖を以て云はせし事は
- `但し悪行あらば子孫までは叶ふまじきぞ
- `とて大明神上がらせ給ひけり
- `めでたかりし事共なり