七五八山門牒状
原文
- `さるほどに三井寺には貝鐘鳴らいて大衆僉議す
- `抑も近日世上の体を案ずるに仏法の衰微王法の牢籠正にこの時に当たれり
- `今度入道の暴悪を戒めずばいづれの日をか期すべき
- `宮ここに入御の御事正八幡宮の衛護新羅大明神の冥助にあらずや
- `天衆地類も影向を垂れ仏力神力も降伏を加へまします事などかなからん
- `就中北嶺は円宗一味の学地南都は夏臈得度の戒場なり
- `牒奏の処語らはんになどか与せざるべき
- `と一味同心に僉議して山へも奈良へも牒状をこそ遣はしけれ
- `まづ山門への状に曰く
- ``園城寺牒延暦寺衙
- ``殊致㆓合力㆒思㆑被㆑助㆓当寺之破滅㆒状
- ``右入道浄海恣滅㆓仏法㆒欲㆑乱㆓王法㆒
- ``愁嘆無㆑極処去十五日夜一院第二王子為㆑遁㆓不慮之難㆒密令㆓入寺㆒
- ``爰号㆓院宣㆒可㆑奉㆑出由雖㆑有㆑責不㆑能㆑奉㆑出
- ``仍可㆑放遣㆓官軍㆒旨有㆓其聞㆒
- ``当寺破滅正当㆓此時㆒
- ``諸衆何不㆓愁嘆㆒哉
- ``就㆑中延暦園城両寺雖㆑相分㆓門跡二㆒所㆑学是同㆓円頓一味之教門㆒
- ``縦如㆓鳥左右翅㆒
- ``又似㆓車二輪㆒
- ``於㆓一方欠㆒争無㆓其悩㆒哉者
- ``殊致㆓合力被㆑助㆓当寺破滅㆒早忘㆓年来遺恨㆒復㆓住山之昔㆒
- ``衆徒僉議如㆑此
- ``仍牒奏如㆑件
- ``治承四年五月十八日
- ``大衆等
- `とぞ書いたりける
書下し文
一
- ``園城寺牒す延暦寺衙
- ``殊に合力を致して当寺の破滅を助けられんと思ふ状
- ``右入道浄海恣に仏法を滅ぼし王法を乱さんと欲す
- ``愁嘆極まりなき処に去んぬる十五日の夜一院第二の王子密かに入寺せしめ給ふ
- ``ここに院宣と号して出だし奉るべき由責ありといへども出だし奉るに能はず
- ``よつて官軍を放ち遣はすべき旨その聞えあり
- ``当寺の破滅正にこの時に当たれり
- ``諸衆何ぞ愁嘆せざらんや
- ``就中に延暦園城両寺は門跡二つに相分かるといへども学するところはこれ円頓一味の教門に同じ
- ``たとへば鳥の左右の翅の如し
- ``また車の二つの輪に似たり
- ``一方欠けんに於いてはいかでかその嘆きなからんや
- ``特に合力を致して当寺の破滅を助けられば早く年来の遺恨を忘れて住山の昔に復せん
- ``衆徒の僉議かくの如し
- ``よつて牒送件の如し
- ``治承四年五月十八日
- ``大衆等