一五六六三井寺炎上
原文
- `日比は山門の大衆こそ発向の猥りがはしき訴へ仕るに今度はいかが思ひけん穏便を存じて音もせず
- `南都三井寺同心して或いは宮受け取らせ奉り或いは御迎に参る条これを以て朝敵なり
- `されば奈良をも攻めらるべき由聞えしがまづ三井寺を攻めらるべし
- `とて同じき五月二十七日大将軍には左兵衛督知盛副将軍には薩摩守忠度都合その勢一万余騎園城寺へ発向す
- `寺にも大衆一千人甲の緒を締め掻楯かき逆茂木引いて待ちかけたり
- `卯の刻より矢合せして一日戦ひ暮らす
- `防ぐ処の大衆以下法師原三百余人討たれぬ
- `夜軍になつて暗さは暗し官軍寺中に攻め入つて火を放つ
- `焼くる所本覚院成喜院花園院真如院普賢堂大宝院清滝院教待和尚本坊並びに本尊等八間四面の大講堂鐘楼経蔵潅頂堂護法善神社壇新熊野御宝殿すべて堂舎塔廟六百三十七宇大津在家一千八百五十三宇智証の渡し給へる一切経七千余巻仏像二千余体忽ちに煙となるこそ悲しけれ
- `諸天五妙の楽しびもこの時長く尽き龍神三熱の苦しびもいよいよ盛ならんとぞ見えし
- `それ三井寺は近江の義大領が私の寺たりしを天武天皇に寄せ奉りて御願となす
- `本仏もかの御門の御本尊然るを生身の弥勒と聞え給ひし教待和尚百六十年行うて大師に付属し給へり
- `都史多天上摩尼宝殿より天降り遥かに龍華下生の暁を待たせ給ふとこそ聞きつるにこはいかにしつる事共ぞや
- `大師この所を伝法潅頂の霊跡として井花水の水を結び給ひし故にこそ
- `三井寺
- `とは名付けたれ
- `かかるめでたき聖跡なれども今は何ならず
- `顕密須臾に滅びて伽藍更に跡もなし
- `三密道場も無ければ鈴の声も聞えず
- `一夏の花も無ければ閼伽の音もせざりけり
- `宿老碩徳の名師は行学に怠り受法相承の弟子また経教に別れんたり
- `寺の長吏円慶法親王は天王寺の別当をも停めらる
- `その外僧綱十三人欠官せられて皆検非違使に預けらる
- `悪僧は筒井浄妙明秀に至るまで三十余人流されけり
- `かかる天下の乱れ国土の騒ぎ只事とも覚えず
- `平家の世の末になりぬる先表やらん
- `とぞ人申しける