二九六北国下向
原文
- `さるほどに木曾義仲は東山北陸両道をうち従へて既に京へ乱れ入る由聞えけり
- `平家は去年の冬の比より
- `明年は馬の草飼に付いて軍あるべし
- `と披露せられたりければ山陰山陽南海西海の兵共雲霞の如くに馳せ集まる
- `東山道は近江美濃飛騨の兵は参りたれども東海道は遠江より東の兵は参らず西は皆参りたり
- `北陸道は若狭より北の兵は一人も参らず
- `平家の人々
- `木曾義仲を討つて後兵衛佐頼朝を討つべき
- `由の公卿僉議あつて北国へ差し向けらる
- `大将軍には小松三位中将維盛越前三位通盛副将軍には薩摩守忠度皇后宮亮経正淡路守清房三河守知度侍大将には越中前司盛俊上総大夫判官忠綱飛騨大夫判官景高河内判官秀国高橋判官長綱武蔵三郎左衛門有国を先として以上大将軍六人都合その勢十万余騎四月十七日辰の一点に都を立つて北国へこそ赴かれけれ
- `片道を給はつてければ逢坂関より始めて路次に以て逢ふ権門勢家の正税官物をも恐れず一々に皆奪ひ取る
- `志賀唐崎三川尻真野高島塩津貝津の道の辺を次第に追捕して通りければ人民堪へずして山野に皆逃散す