七一二一水島合戦
原文
- `さるほどに平家讃岐八島にありながら山陽道八箇国南海道六箇国都合十四箇国をぞ討つ取りける
- `木曾左馬頭この由を聞いて
- `安からぬ事なり
- `とて西国へ討手を遣はす
- `大将軍には矢田判官代義清侍大将には信濃国の住人海野弥平四郎行広を先として都合その勢七千余騎西国へ発向す
- `備中国水島渡に舟を浮かべて八島へ既に寄せんとす
- `閏十月一日水島渡に小舟一艘出で来たり
- `海士舟釣舟かと見るところにさはなくして平家方より牒の使の舟なりけり
- `源氏の方の兵共これを見て干し上げたる五百余艘の舟共を喚き叫んで下ろしけり
- `平家は千余艘でぞ寄せたりける
- `大将軍には新中納言知盛卿副大将軍には能登守教経なりけり
- `能登殿大音声を揚げて
- `いかに北国の奴原に生捕にせられんをば心憂しとは思はずや
- `御方の舟をば組めや
- `とて千余艘の纜舳綱を組み合はせ中に舫を入れ歩み板を引き渡し渡いたれば舟の上は平々たり
- `源平共に鬨を作り矢合せして遠きをば弓で射近きをば太刀で斬る
- `或いは熊手に懸けて引き落さるる者もあり
- `或いはひつ組み差し違へて海へ飛び入る者もあり
- `いづれ隙ありとも見えざりけり
- `源氏の方の侍大将海野弥平四郎行広討たれぬ
- `これを見て矢田判官代義清安からぬ事なりとて主従七人小舟に乗り真先に進んで戦ひけるが舟踏み沈めて失せにけり
- `平家は舟に馬を立てたりければ舟共乗り傾け乗り傾け馬共追ひ下ろし追ひ下ろし舟に引き付け引き付け泳がす
- `馬の足立ち鞍爪浸るほどにもなりしかばひたひたとうち乗りて能登殿喚いて先を駆け給へば源氏の方には大将軍は討たれぬ
- `我先にとぞ落ち行きける
- `平家は水島の軍に勝つてこそ会稽の恥をば雪めけれ