九一二三室山合戦
原文
- `さるほどに木曾殿は備中国万寿庄にて勢揃へして八島へ既に寄せんとす
- `その間都の留守に置かれたる樋口次郎兼光使者を奉つて
- `殿の渡らせ給はぬ間に十郎蔵人殿こそ院の切り人してやうやうに讒奏せられ候ふなれ
- `西国の軍をば暫く差し置かせ給ひて急ぎ上せ給へ
- `と云ひければ木曾
- `さらば
- `とて夜を日に継いで馳せ上る
- `十郎蔵人行家は木曾に仲違うて悪しかりなんとや思はれけんその勢五百余騎で丹波路にかかつて播磨国へ落ち下る
- `木曾は摂津国を経て都へ入る
- `平家は木曾討たんとて大将軍には新中納言知盛卿本三位中将重衡卿侍大将には越中次郎兵衛盛嗣上総五郎兵衛忠光悪七兵衛景清伊賀平内左衛門家長都合その勢二万余騎播磨国に押し渡りて室山に陣をぞ取る
- `十郎蔵人行家は平家と軍して木曾と仲直りせんとや思ひけんその勢五百余騎室山へこそ懸けられけれ
- `平家は陣を五つに張る
- `まづ伊賀平内左衛門家長二千余騎で一陣を固む
- `越中次郎兵衛盛嗣三千余騎で二陣を固む
- `上総五郎兵衛忠光悪七兵衛景清三千余騎で三陣を固む
- `本三位中将重衡卿三千余騎で四陣を固め給ふ
- `新中納言知盛卿一万余騎で五陣に控へ給へり
- `まづ一陣伊賀平内左衛門家長暫くあひしらふ体にもてなし中を開けてぞ通しける
- `二陣を越中次郎兵衛これも開けてぞ通しける
- `三陣上総五郎兵衛悪七兵衛共に開けてぞ通しける
- `四陣本三位中将重衡卿も同じう開けてぞ入れられける
- `先陣より後陣まで予て約束したりければ源氏を中に取り籠めて我が討ち取らんとぞ進みける
- `十郎蔵人行家
- `こは謀られぬにけり
- `とや思はれけん面も振らず命も惜しまず此処を最後と攻め戦ふ
- `新中納言
- `ただ押し並んで組めや組め
- `と下知せられけれどもさすが十郎に押し並べて組む武者一騎もなかりけり
- `新中納言の宗と頼みたりける紀七衛門紀八衛門紀九郎などいふ一人当千の兵共皆其処にて十郎蔵人に討ち取られぬ
- `かくして三十騎ばかりに討ち成され二十七騎大略手負ひ四方は皆敵なり遁るべきとは覚えねども思ひ切つて一方打ち破つてぞ出でたりける
- `播磨国高砂より舟に乗うて和泉国吹飯浦へ押し渡り河内国長野城にて楯籠る
- `平家は室山水島二箇度の軍に勝つてこそいよいよ勢はつきにけれ