八一三三三草合戦
原文
- `平家の方の大将軍には小松新三位中将資盛同少将有盛丹後侍従忠房備中守師盛侍大将には伊賀平内兵衛清家海老次郎盛方を先としてその勢三千余騎で三草山の西の山口に押し寄せて陣を取る
- `その夜の戌の刻ばかりに大将軍九郎御曹司義経侍大将土肥次郎実平を召して
- `平家はこれより三里隔てて三草山の西の山口に大勢で控へたり
- `夜討にやすべきまた明日の軍か
- `と宣へば田代冠者進み出でて
- `平家の勢は三千余騎御方の御勢は一万余騎遥かの利に候ふ
- `明日の軍と延べられ候ひなば平家勢付き候ひなんず
- `夜討よかんぬと覚え候ふ
- `と申しければ土肥次郎
- `善しうも申させ給ふ田代殿かな
- `夜討よかんぬと覚え候ふ
- `と申しければ兵共
- `暗さは暗しいかがせん
- `と口々に申しければ御曹司
- `例の大松明はいかに
- `と宣へば土肥次郎
- `さる事候ふ
- `とて小野原の在家に火をぞ懸けたりける
- `これを始めて野にも山にも草にも木にも火を懸けたれば昼にはちつとも劣らずして三里の山をぞ越え行きける
- `この田代冠者と申すは父は伊豆国の先国司中納言為綱朝臣の末葉なり
- `母は狩野介茂光が娘を思うて設けたりしを母方の祖父に預けて弓矢取には為立てたなり
- `俗姓を尋ぬれば後三条院第三王子資仁親王より五代の孫なり
- `俗姓もよき上弓矢を取つてもよかりけり
- `平家の方にはその夜夜討にせんずるをば思ひも寄らず
- `軍は定めて明日の軍にてぞあらんずらん
- `軍にも眠たいは大事のものぞ
- `よく寝て軍せよ者共
- `とて先陣は自ら用心しけれども後陣の兵共は或いは甲を枕にし或いは鎧の袖箙などを枕にして前後も知らずぞ臥したりける
- `その夜の夜半ばかり源氏一万騎三草山の西の山口に押し寄せて鬨をどつとぞ作りける
- `平家の方にはあまりに騒いで弓取る者は矢を知らず矢を取る者は弓を知らず
- `慌てふためきけるが馬に当てられじとや思ひけん皆中を開けてぞ通しける
- `源氏は落ち行く平家を彼処に追つ駆け此処に追ひ詰め散々に攻めければ矢庭に五百余人討たれぬ
- `手負ふ者共多かりけり
- `大将軍小松新三位中将資盛同少将有盛丹後侍従面目なうや思はれけん播磨の高砂より小舟共に召して讃岐の八島へ渡り給ひぬ
- `備中守師盛ばかりこそ何としてかは洩れさせ給ひたりけん平内兵衛海老次郎を召し具して一谷へぞ参られける