七七額打論
現代語訳
- `さて、永万元年の春頃から二条天皇がご病気であったが、夏の初め頃になると、思いのほか容態が悪くなられた
- `そのため、大蔵大輔・伊紀兼盛の娘を生母とする、二歳になられる今上二宮を皇太子にお立てするだろうと噂されたが、はたして同年六月二十五日、にわかに親王の宣旨が下された
- `さっそくその夜即位があり、六条天皇となられると、世の中がなんとなくざわつきはじめた
- `故事・先例に詳しい人たちがこんな話をした
- `まず我が国の幼帝の例を見てみると、清和天皇が九歳にして文徳天皇より皇位を授かられた
- `周の公旦が成王に代わって多忙な政務を執ったことになぞらえ、外祖・藤原良房公が幼主を補佐された
- `これが摂政の始まりという
- `鳥羽院は五歳、近衛院は三歳で皇位を継承された
- `それでさえ早すぎると言われたのに、帝はまだ二歳
- `過去に例がない
- `大騒ぎになるのも当然だ
- `さて同年七月二十七日、二条上皇がついに崩御した
- `御歳二十三
- `蕾のまま散った花のようであった
- `玉の簾、錦の帳の内、皆涙にむせんでおられた
- `その夜早々、広隆寺の北東、蓮台野の奥の船岡山にお納めした
- `葬送のとき、興福寺と延暦寺の大衆が額打論ということを始め、互いに狼藉に及んだ
- `君主が崩御して後、御陵へ渡し奉るときの作法として、奈良・京の寺院の大衆が揃って供をし、御陵の周囲に自分の寺々の額を掛けるのが慣例になっていた
- `まず聖武天皇の御願所は、比肩する寺がないので、東大寺の額を掛ける
- `次に藤原不比等公の御願所なので、興福寺の額を掛ける
- `京では興福寺に対抗して、延暦寺の額を掛ける
- `次に天武天皇の御願、教待和尚、智証大師の創建であるとして、園城寺の額を掛ける
- `ところが延暦寺の大衆は何を思ったか、先例に背いて、東大寺の次、興福寺の上に延暦寺の額を掛けたため、奈良の大衆が、ああしてやろう、こうしてくれようと衆議していたところ、興福寺の西金堂衆の観音房と勢至房という名の知られた荒法師が二人現れた
- `観音房は黒糸威の腹巻に白柄の長刀を短く握り、勢至房は萌黄威の腹巻に黒漆の大太刀を持ち、二人はさっと走り出て、延暦寺の額を切り落とし、散々に叩き割ると
- `嬉しや水、鳴るは滝の水、日は照っても絶えないと歌え
- `と囃しつつ、奈良の大衆の中へ紛れ込んだ