一四一三九忠度最期
現代語訳
- `薩摩守忠度は一の谷の西の手の大将軍で、その日の装束は、紺地の錦の直垂に黒糸威の鎧を着、太く逞しい黒馬に、鋳懸地の鞍を置いて乗られ、その勢百騎ほどの中に囲まれて、静かに身を潜めておられたが、武蔵国の住人・岡部六弥太忠純がいい敵だと目をつけて、鞭を振るい鐙を蹴って追いかけて言った
- `これはなんと、立派な大将軍とお見受けいたす
- `卑怯にも敵に後ろをお見せになるのですか
- `戻られよ、戻られよ
- `自分は味方だ
- `と、振り返って内兜を覗かれると、お歯黒であった
- `これはなんと、味方にお歯黒を塗った者などいないのに、間違いなくこれは平家の公達であられるな
- `と、馬を並べてむんずと組んだ
- `これを見て、各地から寄せ集められた百騎ほどの仮武者たちが、一騎も助けに回らず逃げてしまった
- `熊野育ちの薩摩守忠度殿は評判の大力で早技に秀でていたので、六弥太忠純をつかむと
- `憎い奴め、味方だと言うなら言わせておけ
- `と、馬の上にて二太刀、落馬したところで一太刀、三太刀突いた
- `二太刀は鎧の上からだったので貫けなかった
- `もう一太刀は、内兜に突き入れられたが、浅手だったので死なず、取り押さえて首を刎ねようとされるところへ、六弥太忠純の童子が後から駆けつけて、急いで馬から飛び下り、打刀を抜いて忠度殿の右の肘を臂の根元からぶっつり斬り落とした
- `薩摩守忠度殿は、もはやこれまでと思われたか
- `しばし向こうへ行け、最後の念仏を十遍唱える
- `と、六弥太忠純をつかんで、弓一張ほど投げ退けられた
- `その後、西に向かい
- `光明遍照、十方世界、念仏衆生、摂取不捨
- `と唱えも終わらぬうちに、六弥太忠純は後ろから薩摩守の首を取った
- `立派な大将軍を討った
- `とは思ったが、名を誰とも知らないので、箙に結びつけられた手紙を取って見てみると
- `旅宿花
- `という題で歌を一首の詠まれていた
- `行き暮れて、桜の下陰を宿にしたら、花は今宵の主となってくれるだろうか
- `忠度
- `と書かれてあったので、薩摩守忠度殿とわかった
- `ただちに首を太刀の切っ先に貫き、高く差し上げ、大声を張り上げて
- `この日頃、日本国に鬼神と名高い薩摩守殿を、武蔵国の住人・猪俣党の岡部六弥太忠純が討ち取ったり
- `と名乗ると、敵も味方もこれを聞いて
- `ああ気の毒な
- `武芸にも歌道にも優れた立派な大将軍であられたのに
- `と、皆鎧の袖を濡らした