一八一四三落足

現代語訳

`重盛殿の末子・備中守師盛殿が主従七人で小舟に乗り、落ち延びようとするとき、新中納言知盛殿の侍・清衛門尉公長という者が鞭を振るい鐙を蹴って駆けてきた
`お待ちください、備中守師盛殿の御舟とお見受けした
`乗せてください
`と言うので、舟を渚へ寄せられた
`大きな男が鎧を着たまま馬から舟へがばっと飛び乗ろうしたからたまらない
`小さな舟なので、くるりと踏み返してしまった
`備中守師盛殿が浮きつ沈みつ溺れているところに、畠山庄司重能の郎等・本田次郎重経ら主従十四・五騎が、鞭を振るい鐙を蹴って駆けて来て、急いで馬から飛び下り、備中守師盛殿を熊手でたぐり寄せ、ついに首を取ってしまった
`享年十四歳であったという

`越前三位通盛殿は山手の大将軍でいらしたが、その日の装束は、赤地錦の直垂に唐綾威の鎧を着、白葦毛の馬に白覆輪の鞍を置いて乗られていたが、内兜を射られ、大勢に遮られて、弟・能登守教経殿と離ればなれになってしまわれた
`心静かに自害しようと東に向かって落ち延びるとき、近江国の住人・佐々木木村三郎成綱、武蔵国の住人・玉井四郎資景らが、七騎ほどで取り囲んで、ついにお討ちした
`そのときまで、侍が一人付き添っていたが、この者も最期の時は助けることもしなかった

`東西の木戸口では、一時を過ぎるほど長時間の戦いとなり、源平は互いに数知れず討たれた
`櫓の前、逆茂木の下、人馬の死屍は山のごとくであった
`一の谷に広がる笹の原も、葉色の緑が薄紅になってしまった
`一の谷、生田森、山の崖、海の波打ち際に、射られ斬られて死んだ者は数えきれず、源氏方に斬られた平家の首は二千余人であった
`今回一の谷で討たれた主立った者は、まず越前三位・平通盛殿、弟・蔵人大夫・平業盛、薩摩守・平忠度、武蔵守・平知章、備中守・平師盛、尾張守・平清貞、淡路守・平清房、経盛の嫡子・皇后宮亮経正、弟・若狭守経俊、その弟・大夫敦盛、以上十人であったという

`合戦に敗れると、悲しくも、安徳天皇をはじめ、人々は皆御船に乗られてお逃げになった
`潮に引かれ風に従って紀伊路へ赴く舟もあった
`芦屋の沖に漕ぎ出て、波に揺られる舟もあった
`あるいは須磨から明石の浦を伝い、どこに泊まるとも知れず舵を切り、敷いた袖も涙に濡れて、おぼろに見える春の月、悲しまない人はなかった
`あるいは淡路の瀬戸を渡り、絵島の磯に漂って、波路をかすかに鳴き渡る、友とはぐれた寒夜の千鳥、これも我が身の同類に思えた
`行先はまだどことも決めなていないと思しく、一の谷の沖に休らう舟もあった

`このように潮に引かれ風に任せて、浦々島々に漂えば、互いに生も死もわからない
`支配する国は十四か国、軍勢を集めても十万余騎である
`都へ近づくのもわずか一日の距離なので、今度こそはと頼もしく思っていたが、一の谷も攻め落とされて、人々は皆心細くなられた