三一七九紺掻

現代語訳

`同・八月二十二日、高雄の文覚房は、頼朝殿の父・故左馬頭義朝殿の正真正銘の首であると取り出して首に掛け、鎌田兵衛政清の首を弟子の首に掛けさせ、関東へ下られた
`去る治承四年七月、頼朝殿に謀反を勧めるため、文覚房は怪しげな髑髏をひとつ白い布に包んで
`これこそ故左馬頭義朝の首だ
`と差し出し、ほどなくして天下を取って後も父の首だと一途に信じているところへ、今また別の首をどこからか探してきて、それを持って鎌倉へ向かっているのだった
`髑髏は、義朝殿の長年召し使っていた藍染め職人が、平治の乱の後に獄舎の前の苔の下に埋もれて後世を弔うもなかったのを、検非違使別当に頼んでもらい受け
`頼朝殿は流人ではあるが、将来有望な人だから、探し出されることもあるだろう
`と、東山円覚寺というところに深く納めて置いたのを、文覚房が探し出して首に掛け、同時にその藍染め職人たちも連れて下られたのであった

`文覚房がもう鎌倉へ入ると聞き、頼朝殿は相模川のほとりまで迎えに出られた
`そこから鈍色の喪服姿で鎌倉へ帰られた
`文覚房を大床に立て、自分は庭に立って、父の首を受け取られたのは哀れであった
`これを見る大名・小名も皆袖を濡らされた

`険しい岩盤を切り開き、菩提を弔うための新たな道場を造り、父のためにと供養して
`勝長寿院
`と名づけられた
`公家もこのことお聞きになり、故左馬頭義朝の墓に内大臣正二位を贈られた
`勅使は左大弁・源兼忠であったという
`頼朝殿は武勇の名誉を得たことで、自分の身を立て、家を再興をするだけでなく、亡き父の霊に贈官・贈位までされたのだから素晴らしい