十七八より
原文
- `この比はまたあまりの大事にて稽古多からず
- `先づ声変りぬれば第一の花失せたり
- `体も腰高になればかかり失せて過ぎし比の声もさかりに花やかにやすかりし時分の移りに手立はたと変りぬれば気を失ふ
- `結句見物衆もをかしげなる気色見えぬればはづかしさと申し彼是ここにて退屈するなり
- `この比の稽古にはただ指をさして人に笑はるるともそれをばかへり見ずうちにて声のとどかん調子にて宵あかつきの声をつかひ心中には願力をおこして
- `一期の境ここなり
- `と生涯にかけて能を捨てぬより外は稽古あるべからず
- `ここにて捨つればそのまま能は止まるべし
- `惣じて調子は声によるといへども黄鐘 盤渉までを用ふべし
- `調子にさのみかかれば身なりに癖出来るものなり
- `また声も年よりて損ずる相なり