四
原文
- `問
- `この勝負においてこれに大いなる不審あり
- `はや劫入りたる仕手のしかも名人なるにただ今の若仕手の立合に勝つことあり
- `これ不審なり
- `答
- `これこそ先に申しつる
- `三十以前の時分の花
- `なれ
- `ふるき仕手ははや花失せて古様なる時分にめづらしき花にて勝つことあり
- `真実の目利は見分くべし
- `さあらば目利目利かずの批判の勝負になるべきか
- `さりながら様あり
- `五十以来まで花の失せざらんほどの仕手はいかなる若き花なりとも勝つことはあるまじ
- `ただこれよきほどの上手の花失せたる故に負くることあり
- `いかなる名木なりとも花の咲かぬときの木をや見ん
- `犬桜の一重なりとも初花色々と咲けるをや見ん
- `かやうのたとへを思ふときは一旦の花なりとも立合に勝つは理なり
- `されば肝要この道はただ花が能の命なるを花の失するをも知らず本の名望ばかりをたのむこと古仕手の返々のあやまりなり
- `物数をば似せたりとも花のあるやうを知らざらんは花咲かぬときの草木をあつめて見んがごとし
- `万木千草において花の色は皆々異なれども
- `おもしろし
- `と見る心は同じ花なり
- `物数は少くとも一向の花をとりきはめたらん仕手は一体の名望は久しかるべし
- `されば主の心には
- `随分花あり
- `と思へども人の目に見ゆる公案なからんは田舎の花やぶ梅などのいたづらに咲き匂はんがごとし
- `また同じ上手なりともそのうちにて重々あるべし
- `たとひ随分きはめたる上手名人なりともこの花の公案なからん仕手は上手にては通るとも花は後まではあるまじきなり
- `公案をきはめたらん上手はたとひ能はさがるとも花は残るべし
- `花だに残らばおもしろさは一期あるべし
- `さればまことの花の残りたる仕手にはいかなる若き仕手なりとも勝つことはあるまじきなり