三
原文
- `凡そ能の名望を得ること品々多し
- `上手は目利かずの心に相かなふことかたし
- `下手は目利の眼にあふことなし
- `下手にて目利の眼にかなはぬは不審あるべからず
- `上手の目利かずの心にあはぬことこれは目利かずの眼の及ばぬところなれども得たる上手にて工夫あらん仕手ならばまた目利かずの眼にも
- `おもしろし
- `と見るやうに能をすべし
- `この工夫と達者とをきはめたらん仕手をば
- `花をきはめたる
- `とや申すべき
- `さればこの位にいたらん仕手をばいかに年よりたるとも若き花に劣ることあるべからず
- `さればこの位を得たらん上手こそ天下にもゆるされまた遠国田舎の人までもあまねく
- `おもしろし
- `とは見るべけれ
- `この工夫を得たらん仕手は和州へも江州へも若しは田楽の風体までも人の好み望みによりていづれにもわたる上手なるべし
- `この嗜みの本意を顕さんが為
- `風姿花伝
- `を作するなり
- `かやうに申せばとて我風体の形木のおろそかならむは殊に殊に能の命あるべからず
- `これ弱き仕手なるべし
- `我風体の形木をきはめてこそあまねき風体をも知りたるにてはあるべけれ
- `あまねき風体を心にかけんとて我形木に入らざらむ仕手はわが風体を知らぬのみならずよその風体をもたしかにはまして知るまじきなり
- `されば能弱くて久しく花はあるべからず
- `久しく花のなからんはいづれの風体をも知らぬに同じかるべし
- `然れば
- `花伝の花
- `の段に
- `物数を尽し工夫をきはめて後花の失せぬ所をば知るべし
- `といへり