二
原文
- `一 作者の思ひ分くべき事あり
- `ひたすらしづかなる本木の音曲ばかりなるとまた舞はたらきのみなるとは一向なれば書きよきものなり
- `音曲にてはたらく能あるべし
- `これ一大事なり
- `真実おもしろしと感をなすはこれなり
- `聞く所は耳近におもしろき言葉にて節のかかりよくて文字移りの美しくつづきたらんが殊更風情をもちたる詰を嗜みて書くべし
- `この数々相応する所にて諸人一同に感をなすなり
- `さるほどにこまかに知るべき事あり
- `風情を博士にて音曲をする仕手は初心のところなり
- `音曲よりはたらきの生ずるは劫入りたる故なり
- `音曲は聞く所風体は見る所なり
- `一切の事は謂を道にしてこそよろづの風情にはなるべき理なれ
- `謂をあらはすは言葉なり
- `さるほどに音曲は
- `体
- `なり
- `風情は
- `用
- `なり
- `然れば音曲よりはたらきの生ずるは順なり
- `はたらきにて音曲をするは逆なり
- `諸道諸事において順逆とこそ下るべけれ逆順とはあるべからず
- `返々音曲の言葉のたよりをもて風体を彩り給ふべきなり
- `これ音曲はたらき一心になる稽古なり
- `さるほどに能を書くところにまた工夫あり
- `音曲よりはたらきを生ぜさせんが為書くところをば風情を本に書くべし
- `風情を本に書きてさてその言葉を謡ふときには風情おのづから生ずべし
- `然れば書くところをば風情を先だててしかも謡の かかり よきやうに嗜むべし
- `さて当座の芸能にいたるときはまた音曲を先とすべし
- `かやうに嗜みて劫入りぬれば謡ふも風情舞ふも音曲になりて万曲一心たる達者となるべし
- `これまた作者の功名なり