四
原文
- `一 能のよきあしきにつけて仕手の位によりて相応の所を知るべきなり
- `文字 風体を求めずして大様なる能を本説殊に正しくて大きに位のあがれる能あるべし
- `かやうなる能は見所さほどこまかになきことあり
- `これにはよきほどの上手も似合はぬことあり
- `たとひこれに相応するほどの無上の上手なりともまた目利 大所にてなくはよく出来ることあるべからず
- `これ能の位仕手の位目利 在所 時分悉く相応せずは出来ることは左右なくあるまじきなり
- `またちひさき能のさしたる本説にてはなけれども幽玄なるがほそぼそとしたる能あり
- `これは初心の仕手にも似合ふものなり
- `在所もしぜん片辺の神事 夜などの庭に相応すべし
- `よきほどの見手も能の仕手もこれに迷ひてしぜん田舎 小所の庭にておもしろければその心ならひにて押出したる大所 貴人の御前などにてあるいは贔屓興行して思ひの外に能わるければ仕手にも名を折らせわれも面目なきことあるものなり
- `然ればかやうなる品々所々を限らで甲 乙 なからんほどの仕手ならでは無上の花をきはめたる上手とは申すべからず
- `さるほどにいかなる座敷にも相応するほどの上手にいたりては是非なし
- `また仕手によりて上手ほどは能を知らぬ仕手もあり能よりは能を知るもあり
- `貴所 大所などにて上手なれども能を仕ちがへちちのあるは能を知らぬ故なり
- `またそれほどに達者にもなく物少ななる仕手の申さば初心なるが大庭にても花失せず諸人の褒美弥ましにしてさのみにむらのなからんは仕手よりは能を知りたる故なるべし
- `さるほどにこの両様の仕手をとりどりに申すことあり
- `然れども貴所 大庭などにてあまねく能のよからんは名望長久なるべし
- `さあらんにとりては上手の達者ほどは我が能を知らざらんよりはすこし足らぬ仕手なりとも能を知りたらんは一座建立の棟梁には優るべきか
- `能を知りたる仕手はわが手柄の足らぬ所をも知る故に大事の能にかなはぬことをば斟酌して得たる風体ばかりを先だてて仕立よければ見所の褒美かならずあるべし
- `さてかなはぬ所をば小所 片辺の能に仕ならふべし
- `かやうに稽古すればかなはぬ所も劫入ればしぜんしぜんにかなふ時分あるベし
- `さるほどに遂には能に嵩も出来垢も落ちていよいよ名望も一座も繁昌するときはさだめて年ゆくまで花は残るべし
- `これ初心より能を知る故なり
- `能を知る心にて公案を尽して見ば花の種を知るべし
- `然れどもこの両様はあまねく人の心々にて勝負をば定め給ふべし
- `花修已上
- `この条々心ざしの芸人より外は一見をもゆるすべからず
- `世阿(華押)