六
原文
- `一 秘する花を知ること
- `秘すれば花なり
- `秘せずば花なるべからず
- `となり
- `この分目を知ること肝要の花なり
- `抑一切の事諸道芸においてその家々に秘事と申すは秘するによりて大用あるが故なり
- `然れば秘事といふことをあらはせばさせることにてもなきものなり
- `これを
- `させる事にてもなし
- `といふ人はいまだ秘事といふことの大用知らぬが故なり
- `先づこの花の口伝におきてもただ
- `めづらしき花ぞ
- `と皆人知るならば
- `さてはめづらしき事あるべし
- `と思ひまうけたらん見物衆の前にてはたとひめづらしき事をするとも見手の心にめづらしき感はあるべからず
- `見る人の為花ぞとも知らでこそ仕手の花にはなるべけれ
- `されば見る人はただ
- `思ひの外におもしろき上手
- `とばかり見て
- `これは花ぞ
- `とも知らぬが仕手の花なり
- `さるほどに人の心に思ひもよらぬ感をもよほす手立これ花なり
- `たとへば弓矢の道の手立にも名将の案謀にて思ひの外なる手立に強敵にも勝つことあり
- `これ負くるかたの目にはめづらしき理にばかされて破らるるにてはあらずや
- `これ一切の諸道芸において勝負に勝つ理なり
- `かやうの手立もこと落居して
- `かかる謀事よ
- `と知りぬればその後はたやすけれどもいまだ知らざりつる故に敗くるなり
- `さるほどに秘事とて一つをばわが家に残すなり
- `ここをもて知るべし
- `たとへあらはさずとも
- `かかる秘事を知れる人よ
- `とも人には知られまじきなり
- `人に心を知られぬれば敵人油断せずして用心をもてば却て敵に心をつくる相なり
- `敵方用心をせぬときはこなたの勝つことなほたやすかるべし
- `人に油断をさせて勝つことを得るはめづらしき理の大用なるにてはあらずや
- `さるほどにわが家の秘事とて人に知らせぬをもて生涯の主になる花とす
- `秘すれば花
- `秘せねば花なるべからず