七
原文
- `一 因果の花を知ること
- `きはめなるべし
- `一切皆因果なり
- `初心よりの芸能の数々は因なり
- `能をきはめ名を得ることは果なり
- `然れば稽古するところの因おろそかなれば果をはたすこともかたし
- `これをよくよく知るべし
- `また時分をもおそるべし
- `去年さかりあらば今年は花なかるべきことを知るべし
- `時の間にも男時女時とてあるべし
- `いかにするとも能によき時あればかならずまたわるき事あるべし
- `これ力なき因果なり
- `これを心得てさのみに大事になからんときの申楽には立合勝負にそれほどに我意執を起さず骨をも折らず勝負に負くるとも心にかけず手を貯いて少々と能をすれば見物衆も
- `これはいかやうなるぞ
- `と思ひさめたるところに大事の申楽の日手立をかへて得手の能をして精励を出だせばこれまた見る人の思ひの外なる心出来れば肝要の立合 大事の勝負にさだめて勝つことあり
- `これめづらしき大用なり
- `このほどわるかりつる因果にまたよきなり
- `凡そ三日に三庭の申楽あらんときは指寄の一日なんどは手を貯いてあいしらひて三日のうちに殊に切角の日とおぼしからんときよき能の得手に向きたらんを丹精を出だしてすべし
- `一日のうちにても立合なんどに自然女時に取りあひたらば始めをば手を貯いて心敵の男時女時にさがる時分よき能を揉みよせてすべし
- `その時分またこなたの男時に還る時分なり
- `ここにて能よく出来ぬればその日の第一とすべし
- `この男時女時とは一切の勝負にさだめて一方色めきてよき時分になることあり
- `これを男時と心得べし
- `勝負の物数久しければ両方へ移り変り移り変りすべし
- `ある物にいはく
- `勝負神とて勝つ神負る神勝負の座敷をさだめて護らせたまふべし
- `弓矢の道にむねと秘する事なり
- `敵方の申楽よく出来たらば
- `勝神彼方にまします
- `と心得て先づおそれをなすべし
- `これ時の間の因果の二神にてましませば両方へ移り変り移り変りて
- `またわが方の時分になる
- `と思はんときにたのみたる能をすべし
- `これすなはち座敷のうちの因果なり
- `返々おろそかに思ふべからず
- `信あれば徳あるべし