三
現代語訳
- `一 物真似に似せぬ位というのがある
- `物真似をきわめてその物になりきってしまうと、もはや似せようと思う心はない
- `その心で面白いところのみを嗜めば、花の生ぜぬはずがない
- `例えば、老人の物真似ならば、体得した上手にとってはただ素人の老人が囃子に合わせて仮装した人々が群舞する風流や大寺院の法会の後に催される延年舞などの折に身を飾って舞い奏でるようなものである
- `もとより当人が年寄ならば年寄に似せようと思う心のあるはずがない
- `ただその時の物真似の人体を嗜むのみであろう
- `また、風姿花伝 第二 物学条々の老人の
- `花はあり、且つ年寄と見える口伝
- `というのは、何はさておき、老いた風情を一切意識せぬことである
- `そもそも舞や働きというのは、万事につけて、楽の拍手に合わせて足を踏み、手をさしひき、振りや風情を拍子に合わせてするものである
- `年をとると、その拍子の当てどきが太鼓や謡、鼓の拍子どころより僅かに遅く、足を踏んだり手をさしひきするといった振りや風情も拍子から少し遅れるようになるものである
- `この遺風がなによりも年寄の型である
- `この按配のみを心に留め、それ以外は普通に、こよなく花やかにせよ
- `まず、例えば、年寄の心というのは何事も若作りしたがるものである
- `しかし、いかんせん、五体も重く、耳も遠いため、心は逸れども振舞がかなわない
- `この理を知ることが真の物真似である
- `わざは年寄の望みどおり若い風情をすること
- `これが年寄の若さを羨む心理や風情を真似し習う所以ではあるまいか
- `年寄はいかに若く振舞おうともこの拍子に遅れてしまうことは、いかんせん、かなわぬ理である
- `年寄の若やぐ振舞、珍しい理である
- `老木に花の咲くが如し