六

現代語訳

1. `一　秘める花を知ること
2. `秘めれば花である
3. `秘めねば花ではあり得ない
4. `という
5. `この分け目を知ること、これが肝要の花である
6. `そもそも、一切の事を諸道芸においてその家ごとに秘事とするのは、秘めることによって大用すなわち大きな効用があるためである
7. `ゆえに、秘事というのを晒してみれば、さしたる事でもないものである
8. `これを
9. `さしたる事でもない
10. `と言う人は、いまだ秘事というものの大用を知らぬが故である

1. `まずこの花の口伝においても、ただ
2. `珍しい花だ
3. `と誰もが知っていたならば
4. `さては珍しい事があるんだな
5. `と待ち受けている見物衆の前ではたとい珍しい事をしたところで見る人の心に珍しいという感興が湧くことはあるまい
6. `見る人が花の存在を知らずにいてこそ仕手の花になるのである
7. `つまり、見る人が、ただ
8. `思いのほか面白い上手
9. `とばかり見て
10. `これは花だ
11. `とも知らぬことが仕手の花である
12. `したがって、人の心に思いも寄らぬ感興を催す手立、これが花である

1. `例えば、武道の手立においても、名将の智謀により思いも寄らぬ手立で強敵にも勝つことがある
2. `これは負ける側の眼が珍しい理に惑わされて破られるのではあるまいか
3. `これが一切の諸道芸において勝負に勝つ理である
4. `こうした手立も、勝負がついた後で
5. `こんな謀り事だったのか
6. `と知ってしまえばその後はなんでもないが、いまだ知らずにいたから負けたのである
7. `こうしたことから、秘事として一つを我が家に残すことにした
8. `これを以て知り置くように
9. `たとい表に出さずとも
10. `しかじかの秘事を知る人だ
11. `とも人には知られてはならない
12. `人に心を知られてしまえば、敵人は油断せずして用心を持つようになり、却って敵に意識させる相すなわち手の内を自ら露呈する羽目になるのである
13. `敵方が用心せぬときにこちらが勝つのはなお容易であろう
14. `人に油断をさせて勝ちを得ることは珍しい理の大用によるものではあるまいか
15. `よって、我が家の秘事として、人に知らせぬことを以て、生涯の主になる花とする
16. `秘めれば花
17. `秘めねば花ではあり得ない