二六 尿前の関
原文
- `南部道遥にみやりて岩手の里に泊る
- `小黒崎みづの小島を過てなるごの湯より尿前の関にかかりて出羽の国に越んとす
- `此路旅人稀なる所なれば関守にあやしめられて漸として関をこす
- `大山をのぼつて日既暮ければ封人の家を見かけて舎を求む
- `三日風雨あれてよしなき山中に逗留す
- `蚤虱馬の尿する枕もと
- `あるじの云
- `是より出羽の国に大山を隔て道さだかならざれば道しるべの人を頼て越べき
- `よしを申
- `さらば
- `と云て人を頼侍れば究境の若者反脇指をよこたえ樫の杖を携て我々が先に立て行
- `けふこそ必あやうきめにもあふべき日なれ
- `と辛き思ひをなして後について行
- `あるじの云にたがはず高山森々として一鳥声きかず木の下闇茂りあひて夜る行がごとし
- `雲端につちふる心地して篠の中踏分踏分水をわたり岩に躓て肌につめたき汗を流して最上の庄に出づ
- `かの案内せしをのこの云やう
- `此みち必不用の事有
- `恙なうおくりまゐらせて仕合したり
- `とよろこびてわかれぬ
- `跡に聞てさへ胸とどろくのみ也