三〇 羽黒
原文
- `六月三日羽黒山に登る
- `図司左吉と云者を尋て別当代会覚阿闍利に謁す
- `南谷の別院に舎して憐愍の情こまやかにあるじせらる
- `四日本坊において誹諧興行
- `有難や雪をかをらす南谷
- `五日権現に詣
- `当山開闢能除大師はいづれの代の人と云事をしらず
- `延喜式に
- `羽州里山の神社
- `と有
- `書写
- `黒
- `の字を
- `里山
- `となせるにや
- `羽州黒山
- `を中略して
- `羽黒山
- `と云にや
- `出羽
- `といへるは
- `鳥の毛羽を此国の貢に献る
- `と風土記に侍とやらん
- `月山湯殿を合て三山とす
- `当寺武江東叡に属して天台止観の月明らかに円頓融通の法の灯かかげそひて僧坊棟をならべ修験行法を励し霊山霊地の験効人貴且恐る
- `繁栄長にしてめで度御山と謂つべし
- `八日月山にのぼる
- `木綿しめ身に引かけ宝冠に頭を包強力と云ものに道びかれて雲霧山気の中に氷雪を踏てのぼる事八里更に日月行道の雲関に入かとあやしまれ息絶身こごえて頂上に臻れば日没て月顕る
- `笹を鋪篠を枕として臥て明るを待
- `日出て雲消れば湯殿に下る
- `谷の傍に鍛冶小屋と云有
- `此国の鍛冶霊水を撰て爰に潔斎して劔を打終
- `月山
- `と銘を切て世に賞せらる
- `彼龍泉に剣を淬とかや干将莫耶のむかしをしたふ
- `道に堪能の執あさからぬ事しられたり
- `岩に腰かけてしばしやすらふほど三尺ばかりなる桜のつぼみ半ばひらけるあり
- `ふり積雪の下に埋て春を忘れぬ遅ざくらの花の心わりなし
- `炎天の梅花爰にかをるがごとし
- `行尊僧正の歌の哀も爰に思ひ出て猶まさりて覚ゆ
- `惣而此山中の微細行者の法式として他言する事を禁ず
- `仍て筆をとどめて記さず
- `坊に帰れば阿闍梨の需に依て三山順礼の句々短冊に書
- `涼しさやほの三か月の羽黒山
- `雲の峰幾つ崩て月の山
- `語られぬ湯殿にぬらす袂かな
- `湯殿山銭ふむ道の泪かな
- `曾良