三四 市振
現代語訳
- `今日は、親不知・子不知・犬戻り・駒返しといった北国一の難所を越えて疲れたので、枕を引き寄せて寝ていると、一間隔てた道に面した方から二人と思しき若い女の声が聞こえてきた
- `年老いた男の声も加わって語り合うのを聞けば、越後国の新潟という所の遊女のようである
- `伊勢神宮へ参詣に行く途中で、この市振の関まで男が送り、明日は故郷へ戻るため、手紙をしたためたり、とりとめもない伝言などをしているところであった
- `詠み人知らずの白浪の よする渚に 世をつくす あまの子なれば 宿もさだめずという歌のように、白波の寄せる渚に身を漂わせ、あまの子のように世に落ちぶれて、定めなき契り、日々受ける前世の報い、どれほど不運なことか、と話しているのを聞きながら寝ついて、翌朝旅立とうとすると、僧形の我々に向かって、
- `行方も知れぬ旅路の不安、あまりに頼りなく悲しいゆえ、見え隠れする程に後ろよりまいりたく存じます
- `僧衣の方のお情けをもって深い慈悲のお恵みを、そして仏道との縁を結ばせてください
- `と涙を落とす
- `不憫なことではあるが、
- `我々は所々で泊まる先がたくさんある
- `人を選ばず、参詣に向かう人について行きなさい
- `神明の御加護によって無事に着けましょう
- `と言い捨てて出ながらも、かわいそうに思う気持ちはしばらく消えなかった
- `一つ家に 遊女も寝たり 萩と月
- `曾良に語ると、書き留めてくれた