山女

原文

  1. ``山々の奥には山人住めり
  1. `栃内和野の佐々木嘉兵衛と云ふ人は今も七十余にて生存せり
  2. `此翁若かりし頃猟をして山奥に入りしに、遥かなる岩の上に美しき女一人ありて、長き黒髪をりて居たり
  3. `顔の色極めて白し
  4. `不敵の男なればを差し向けて打ち放せしに弾に応じて倒れたり
  5. `其処に馳け付けて見れば、身のたけ高き女にて、解きたる黒髪は又そのたけよりも長かりき
  6. `後のにせばやと思ひて其髪をいささか切り取り、之をねて懐に入れ、やがて家路に向ひしに、道の程にて耐へ難く睡眠を催しければ、暫く物陰に立寄りてまどろみたり
  7. `其間夢ととの境のやうなる時に、是も丈の高き男一人近よりて懐中に手を差し入れ、かのねたる黒髪を取り返し立去ると見れば忽ちは覚めたり
  8. `山男なるべしと云へり

注釈

`土淵村大字栃内