六 山男
原文
- `遠野郷にては豪農のことを今でも長者と云ふ
- `青笹村大字糠前一の長者の娘、ふと物に取り隠されて年久しくなりしに、同じ村の何某と云ふ猟師、或日山に入りて一人の女に遭ふ
- `怖ろしくなりて之を撃たんとせしに、
- `何をぢでは無いか、ぶつな
- `と云ふ
- `驚きてよく見れば彼の長者がまな娘なり
- `何故にこんな処には居るぞ
- `と問へば、
- `或物に取られて今は其妻となれり
- `子もあまた生みたれど、すべて夫が食ひ尽して一人此の如く在り
- `おのれは此地に一生涯を送ることなるべし
- `人にも言ふな
- `御身も危ふければ疾く帰れ
- `と云ふままに、其在所をも問ひ明らめずして遁げ帰れりと云ふ