原文 `土淵村山口に新田乙蔵一と云ふ老人あり `村の人は乙爺といふ `今は九十に近く病みて将に死んとす `年頃遠野郷の昔の話をよく知りて、 `誰かに話して聞かせ置きたし `と口癖のやうに言へど、あまり臭ければ立ち寄りて聞かんとする人なし `処々の館の主の伝記、家々の盛衰、昔より此郷に行はれし歌の数々を始めとして、深山の伝説又は其奥に住める人々の物語など、此老人最もよく知れり