原文
- `この猟師半分ばかり道を開きて、山の半腹に仮小屋を作りて居りし頃、或日炉の上に餅を並べ焼きながら食ひ居りしに、小屋の外を通る者ありて頻に中を窺ふさまなり
- `よく見れば大なる坊主也
- `やがて小屋の中に入り来り、さも珍らしげに餅の焼くるを見てありしが、終にこらへ兼ねて手をさし延べて取りて食ふ
- `猟師も恐ろしければ自らも亦取りて与へしに、嬉しげになほ食ひたり
- `餅皆になりたれば帰りぬ
- `次の日も又来るならん
- `と思ひ、餅によく似たる白き石を二つ三つ、餅にまじへて炉の上に載せ置きしに、焼けて火のやうになれり
- `案の如くその坊主けふも来て、餅を取りて食ふこと昨日の如し
- `餅尽きて後其白石をも同じやうに口に入れたりしが、大いに驚きて小屋を飛び出し姿見えずなれり
- `後に谷底にて此坊主の死してあるを見たりと云へり