六四家の盛衰 - マヨヒガ

原文

  1. `金沢白望の麓、上閉伊郡の内にても殊に山奥にて、人の往来する者少なし
  1. `六七年前此村より栃内村の山崎なる某かかが家に娘の婿を取りたり
  2. `此婿実家に行かんとして山路に迷ひ、又このマヨヒガに行き当りぬ
  3. `家の有様、牛馬鶏の多きこと、花の紅白に咲きたりしことなど、すべて前の話の通りなり
  4. `同じく玄関に入りしに、膳椀を取出したる室あり
  5. `座敷に鉄瓶の湯たぎりて、今まさに茶を煮んとする所のやうに見え、どこか便所などのあたりに人が立ちて在るやうにも思はれたり
  6. `茫然として後には段々恐ろしくなり、引返してに小国の村里に出でたり
  7. `小国にては此話を聞きてとする者も無かりしが、山崎の方にては
  8. `そはマヨヒガなるべし、行きて膳椀の類を持ち来り長者にならん
  9. `とて、婿殿を先に立てて人あまた之を求めに山の奥に入り、
  10. `ここに門ありき
  11. `と云ふ処に来たれども、眼にかかるものも無く空しく帰り来りぬ
  1. `その婿もに金持になりたりと云ふことを聞かず

注釈

`上閉伊郡金沢村