六九神の始、家の神 - オシラサマ

原文

  1. `今の土淵村には大同と云ふ家二軒あり
  2. `山口の大同は当主を大洞万之丞と云ふ
  3. `此人の養母名はおひで、八十を超えて今も達者なり
  4. `佐々木氏の祖母の姉なり
  5. `魔法に長じたり
  6. `まじなひにて蛇を殺し、木に止れる鳥を落しなどするを佐々木君はよく見せてもらひたり
  1. `昨年の旧暦正月十五日に、此老女の語りしには、
  2. `昔ある処に貧しき百姓あり
  3. `妻はなくて美しき娘あり
  4. `又一匹の馬を養ふ
  5. `娘此馬を愛して夜になれば厩舎に行きてね、に馬と夫婦に成れり
  6. `或夜父は此事を知りて、其次の日に娘には知らせず、馬を連れ出して桑の木につり下げて殺したり
  7. `その夜娘は馬の居らぬより父に尋ねて此事を知り、驚き悲しみて桑の木の下に行き、死したる馬の首にりて泣きゐたりしを、父は之をみて斧を以て後より馬の首を切り落せしに、忽ち娘は其首に乗りたるまま天に昇り去れり
  8. `オシラサマと云ふは此時より成りたる神なり
  1. `馬をつり下げたる桑の枝にて其神の像を作る
  2. `其像三つありき
  3. `にて作りしは山口の大同にあり
  4. `之を姉神とす
  5. `中にて作りしは山崎の在家権十郎と云ふ人の家に在り
  6. `佐々木氏の伯母が縁付きたる家なるが、今は家絶えて神の行方を知らず
  7. `末にて作りし妹神の像は今附馬牛村に在りと云へり