七八 前兆
原文
- `同じ人の話に、家に奉公せし山口の長蔵なる者、今も七十余の老翁にて生存す
- `曾て夜遊びに出でて遅くかへり来たりしに、主人の家の門は大槌往還に向ひて立てるが、この門の前にて浜の方より来る人に逢へり
- `雪合羽を著たり
- `近づきて立ちとまる故、長蔵も怪しみて之を見たるに、往還を隔てて向側なる畑地の方へすつと反れて行きたり
- `かしこには垣根ありし筈なるに
- `と思ひて、よく見れば垣根は正しくあり
- `急に怖ろしくなりて家の内に飛び込み、主人に此事を語りしが、後になりて聞けば、此と同じ時刻に新張村の何某と云ふ者、浜よりの帰り途に馬より落ちて死したりとのことなり