九二 山男
原文
- `昨年のことなり
- `土淵村の里の子十四五人にて早池峰に遊びに行き、はからず夕方近くなりたれば、急ぎて山を下り麓近くなる頃、丈の高き男の下より急ぎ足に昇りくるに逢へり
- `色は黒く眼はきらきらとして、肩には麻かと思はるる古き浅葱色の風呂敷にて小さき包を負ひたり
- `恐ろしかりしかども子共の中の一人、
- `どこへ行くか
- `と此方より声を掛けたるに、
- `小国さ行く
- `と答ふ
- `此路は小国へ越ゆべき方角には非ざれば、立ちとまり不審する程に、行き過ぐると思ふ間もなく、早見えずなりたり
- `山男よ
- `と口々に言ひて皆々遁げ帰りたりと云へり