原文
- `飯豊の菊池松之丞と云ふ人傷寒を病み、度々息を引きつめし時、
- `自分は田圃に出でて菩提寺なるキセイ院へ急ぎ行かんとす
- `足に少し力を入れたるに、図らず空中に飛上り、凡そ人の頭ほどの所を次第に前下りに行き、又少し力を入るれば昇ること始の如し
- `何とも言はれず快し
- `寺の門に近づくに人群集せり
- `何故ならん
- `と訝りつつ門を入れば、紅の芥子の花咲満ち、見渡す限も知らず
- `いよいよ心持よし
- `この花の間に亡くなりし父立てり
- `お前も来たのか
- `と云ふ
- `これに何か返事をしながら猶行くに、以前失ひたる男の子居りて、
- `トッチャお前もきたか
- `と云ふ
- `お前はここに居たのか
- `と言ひつつ近よらんとすれば、
- `今来てはいけない
- `と云ふ
- `此時門の辺にて騒しく我名を喚ぶ者ありて、うるさきこと限なけれど、據なければ心も重くいやいやながら引返したりと思へば正気付きたり
- `親族の者寄り集ひ水など打ちそそぎて喚生かしたるなり