原文
- `旅人豊間根村一を過ぎ、夜更け疲れたれば、知音の者の家に灯火の見ゆるを幸に、入りて休息せんとせしに、
- `よき時に来合せたり、今夕死人あり、留守の者なくて如何にせんかと思ひしところなり、暫くの間頼む
- `と云ひて主人は人を喚びに行きたり
- `迷惑千万なる話なれど是非もなく、囲炉裡の側にて煙草を吸ひてありしに、死人は老女にて奥の方に寝させたるが、ふと見れば床の上にむくむくと起直る
- `胆潰れたれど心を鎮め静かにあたりを見廻すに、流し元の水口の穴より狐の如き物あり、面をさし入れて頻に死人の方を見つめて居たり
- `さてこそ
- `と身を潜め窃かに家の外に出で、背戸の方に廻りて見れば、正しく狐にて首を流し元の穴に入れ後足を爪立てて居たり
- `有合はせたる棒をもて之を打ち殺したり