一五三狐人に憑きてしとぎ食ふ事
原文
- `昔物気煩ひし所に物気渡ししほどに物気者に憑きて云ふやう
- `己は祟りの物気にても侍らず
- `うかれ罷り通りつる狐なり
- `塚屋に子どもなど侍るが物を欲しがりつればかやうの所には食ひ物散ぼふ物ぞかしとて参で来つるなり
- `粢ばら食べて罷りなん
- `と云へば粢をせさせて一折敷取らせたれば少し食ひて
- `あなうまやあなうまや
- `といふ
- `この女の粢欲しがりければ偽物憑きてかく云ふ
- `と憎み合へり
- `紙給はりてこれ包みて罷りて老女や子どもなどに食はせん
- `と云ひければ紙を二枚ひきちがへて包みたれば大きやかなるを腰につひばさみたれば胸にさしあがりてあり
- `かくて
- `追ひ給へ
- `罷りなん
- `と験者に云へば
- `追へ追へ
- `といへば立ち上がりて倒れ伏しぬ
- `暫しばかりありてやがて起き上がりたるに懐なるものさらになし
- `失せにけるこそ不思議なれ