一七〇四宮河原地蔵の事
原文
- `これも今は昔山科の道づらに四の宮河原といおふ所にて袖くらべといふ商人集まる所あり
- `その辺に下衆のありける
- `地蔵菩薩を一体作り奉りたりけるを開眼もせで櫃に打入れて奥の部屋などおぼしき所に納め置きて世の営みにまぎれて程経にければ忘れにけるほどに三四年ばかり過ぎにけり
- `ある夜夢に
- `大路を過ぐる者の声高に人呼ぶ声のしければ
- `何事ぞ
- `と聞けば
- `地蔵こそ
- `と高くこの家の前にて云ふなれば奥の方より
- `何事ぞ
- `と答ふる声すなり
- `明日天帝釈の地蔵会し給ふには参らせ給はぬか
- `と云へばこの小家の内より
- `参らんと思へどまだ目も開かねばえ参るまじく
- `と云へば
- `かまへて参り給へ
- `と云へば
- `目も見えねばいかでか参らん
- `と云ふ声すなり
- `打驚きて
- `何のかくは夢に見えつるにか
- `と思ひまはすに怪しくて夜明けて奥の方を能く能く見ればこの地蔵を納めて置き奉りたりけるを思ひ出だして見出だしたりけり
- `これが見え給ふにこそ
- `と驚き思ひて急ぎ開眼し奉りけりとなん