九一四四穀断の聖不実露顕の事
原文
- `昔久しく行ふ上人ありけり
- `五穀を断ちて年来になりぬ
- `御門聞し召して神泉苑に崇め据ゑて殊に貴み給ふ
- `木の葉をのみ食ひける
- `物笑ひする若公達集りてこの聖の心みんとて行き向ひて見るにいと尊げに見ゆれば
- `穀断幾年ばかりになり給ふ
- `と問はれければ
- `若きより断ち侍れば五十余年に罷りなりぬ
- `と云ふを聞きて一人の殿上人の曰く
- `穀断の屎はいかやうにかあるらん
- `例の人に変りたるらん
- `いで行きて見ん
- `と云へば二三人連れて行きて見れば穀屎を多く痢り置きたり
- `怪しと思ひて上人ので出たるひまに
- `居たる下を見ん
- `と云ひて畳の下を引きあけて見れば土を少し掘りて布袋に米を入りて置たり
- `公達見て手を叩きて
- `穀糞聖穀糞聖
- `と呼はりて喧騒り笑ひければ逃去りにけり
- `その後は行きがたも知らず長く失せにけりとなん