五一六四夢買ふ人の事
原文
- `昔備中の国に郡司ありけり
- `それが子にひきのまき人といふありけり
- `若き男にてありける時夢を見たりければ合せさせんとて夢解の女の許に行きて夢合せて後物語して居たるほどに人々あまた声して来なり
- `国守の御子の太郎君のおはするなりけり
- `年は十七八ばかりの男にておはしけり
- `心ばへは知らず容貌は清げなり
- `人四五人ばかり具したり
- `これや夢解の女の許
- `と問へば御供の侍
- `これにて候ふ
- `と云ひて来ればまき人は上の方の内に入りて部屋のあるに入りて穴より覘きて見ればこの君入り給ひて
- `夢を云々見つるなり
- `いかなるぞ
- `とて語り聞かす
- `女聞きて
- `よにいみじき御夢なり
- `必ず大臣までなり上がり給ふべきなり
- `返す返すめでたく御覧じて候ふ
- `あなかしこあなかしこ人に語り給ふな
- `と申しければこの君嬉しげにて衣を脱ぎて女に取らせて帰りぬ
- `その折まき人部屋より出でて女に云ふやう
- `夢は取ると云ふ事のあるなり
- `この君の御夢我に取らせ給へ
- `国守は四年過ぬれば帰り上りぬ
- `我は国人なればいつもながらへてあらんずる上に郡司の子にてあれば我をこそ大事に思はめ
- `と云へば女
- `述給はんままに侍るべし
- `さらばおはしつる君の如くにして入り給ひてその語られつる夢をつゆも違はず語り給へ
- `と云へばまき人喜びてかの君のありつるやうに入り来て夢語をしたれば女同じやうに云ふ
- `まき人いと嬉しく思ひて衣を脱ぎて取らせて去りぬ
- `その後文を習ひ読みければただ通りに通りて才ある人になりぬ
- `朝廷聞し召して試みらるるに誠に才深くありければ唐土へ
- `物よくよく習へ
- `とて遣はして久しく唐土にありてさまざまの事ども習ひ伝へて帰りたりければ御門賢き者に思し召して次第になしあげ給ひて大臣までに成されにけり
- `されば夢取る事は実にかしこき事なり
- `かの夢とられたりし備中守の子は司もなき者にて止みにけり
- `夢を取られざらましかば大臣までもなりなまし
- `されば
- `夢を人に聞かすまじきなり
- `と云ひ伝へけり