五五随求陀羅尼額に籠むる法師の事
現代語訳
- `これも昔の話、ある人のもとに、実に大きな斧を背負い、法螺貝を腰に提げ、錫杖をついた山伏が仰々しく入ってきて、侍所の立蔀の内の小庭に立ったので、侍が
- `そなたはいかなる坊さんか
- `と問うと
- `それがしは日頃、白山におるが、御嶽へ参り、あと二千日修行しようしたが、所持金が尽きてしまった
- `施しを願いたい
- `と申し上げていただきたい
- `と言って立っている
- `見ると、額から眉間にかけ、髪の生え際に沿って二寸ほどの傷があり、まだ生癒えで赤くなっている
- `侍が
- `その額の傷はいかがなされた
- `と訊くと
- `山伏は、いかにも尊げな声を出し
- `これは随求陀羅尼を埋め込んだものである
- `と答えた
- `侍所の者たちが
- `それは驚いた
- `手足の指を切ったのはたくさん見たが、額を切って陀羅尼を埋め込んだのなど見たこともない
- `と言い合っていると、十七、八ほどの小侍がふと走り出て来て、それを見
- `なんとも笑わせる坊主だ
- `なんで随求陀羅尼など埋め込むものか
- `そいつは七条町で大江家に仕える冠者の家の真東に住む鋳物師の妻と何度も密通していて、去年の夏、入って乳くり合っていたときに、帰ってきた旦那の鋳物師とばったり鉢合わせして、取る物も取りあえず、逃げて西に走って行ったけれども、冠者の家の前あたりで追いつめられて、鏄で額をかち割られたんだ
- `冠者も見ていたよ
- `と言うので
- `あきれたものだ
- `と人々は聞き、山伏の顔を見ると、少しもまずいと思うような気色も見せず、少し間延びしたような顔で
- `その時に籠めたのだ
- `とけろりとして言ったので、集まった人々が一斉に
- `わはは
- `と笑っているうち、それに紛れて逃げてしまった