六二四厚行死人を家より出す事
現代語訳
- `昔、右近将監・下野厚行という者がいた
- `競馬によく乗った
- `帝をはじめとして、実に評判が高かった
- `朱雀院の時代から村上天皇の時代にかけては、盛んに重用された舎人で、世間でも認められていた
- `年老いてからは、西の京に住んでいた
- `隣人が突然死んだので、厚行が弔いに行って、その子に会い、お悔やみなど語っていたとき
- `この死んだ親を出すのですが、門が悪い方角を向いているのです
- `とはいえ、このままではおかれません
- `やはり門から出さねばなりません
- `と言うのを聞き、厚行が
- `悪しき方角から出すのはよろしくありません
- `それに、多くの御子孫のためにも実に忌まわしいものです
- `我が家と間の垣根を壊して、そこからお出ししましょう
- `ご存命中は、折に触れて情けをかけてくださる方でした
- `このような時にその恩をお返しせねば、他になにをもって報いることができましょう
- `と言えば、子供が
- `何事もない人の家から出すなど、すべきではありません
- `忌むべき方角であろうとも、我が家の門から出すことにします
- `と言ったが
- `過ちを犯されますな
- `とにかく我が家の門から出しましょう
- `と言って帰った
- `そして自分の子供に
- `隣の主が亡くなり、いとおしくてお悔やみに行くと、あの子供が
- `忌むべき方角でも、門がひとつしかないのでここから出そう
- `と言ったから、いとおしく思って
- `間の垣根を取り壊して、我が家の門から出しなさい
- `と話してきた
- `と言うと、妻子はこれを聞き
- `妙なことをなさる親だこと
- `立派な穀断ちの聖ですらそのようなことをする人はないでしょう
- `我が身を考えないと言っても、我が家の門から隣の死人を出す人がありましょうか
- `返す返すもあるまじき行為です
- `とみな非難した
- `厚行は
- `つまらぬことを申すでない
- `俺に任せて、まず見ていてくれ
- `物忌みして神妙に忌む奴は、命も短くて、物事もうまくいかない
- `なにも物忌みしない者のほうが長生きして子孫も栄えるのだ
- `やたらと物忌みしたり、神妙になったりするのは人とは言わん
- `恩を思い知り、我が身を忘れることこそ人というのだ
- `天の神様もお恵みくださろう
- `だから、つまらぬことをぐずぐず言うな
- `と、下人を呼び、家の間の檜垣をひたすら壊しに壊して、そこから出させた
- `さて、そのことは、世間にも知れ渡り、目上の者たちもあきれながらもお誉めになった
- `その後、九十歳まで長生きして死んだ
- `その子供たちも、皆寿命が長くて、下野氏の子孫は舎人の中にもずいぶんいるという