一〇二八袴垂保昌に逢ふ事
現代語訳
- `昔、袴垂という、たいそうな盗賊の首領がいた
- `十月頃、衣が欲しくなったので、衣を少し手に入れようとめぼしい所々を物色していると、夜中時分、人々がすっかり寝静まった頃、朧月夜の下を、衣をたくさん着込んだ男が、指貫の股立ちをつかみ、絹の狩衣のようなものを着て、ただひとり、笛を吹き、行き過ぎるでもなく、おもむろに歩いているので
- `ああ、これこそ、おれに衣をくれようと出てきた人だな
- `と思い、走りかかり
- `衣を剥ごう
- `と思ったが、なんだか妙に恐ろしく思えたため、寄り添って、二、三町ほど行ったものの、誰かがつけて来ていると感づく気配もない
- `いよいよ笛を吹きながら行くので
- `試してみよう
- `と思い、高い足音を立てて駆け寄ったが、笛を吹きながら振り向いたときの様子は襲いかかれそうにもなかったので、走り退いた
- `このように、何度もあれこれしてみるが、少しも騒ぐ気配がない
- `稀有な人だ
- `と思いつつ、十町余りついて行った
- `だがやってみるか
- `と思い、刀を抜き、走りかかった時、今度は、笛を吹き止め、立ち止まって振り返り
- `おまえは、何者だ
- `と訊いたとき、気力が失せ、我をも失い、立っていられなくなった
- `再び
- `何者だ
- `と訊いたときは
- `今度は逃げてももう逃がすまい
- `という気配が感じられたので
- `追いはぎに候
- `と言うと
- `何者だ
- `と訊くので
- `またの名を、袴垂と人は呼ぶ
- `と答えると
- `そういう者がいると聞いてはいる
- `危なっかしい変わり者め
- `と言って
- `一緒に、ついて来い
- `とだけ言いかけ、また同じように笛を吹いて行った
- `この人の様子から、今は逃げても、決して逃がすまい
- `と感じられたので、鬼に魂を奪われたように、ついて行くと、屋敷に着いた
- `ここはどこだ
- `と思えば、摂津の前司・藤原保昌という人の屋敷であった
- `家の中に呼び入れられ、厚手の綿入れを一着与えられ
- `衣が欲しくなったときは、ここへ来て申せ
- `気心も知れぬ者に捕まるなど、おまえ、しくじるでないぞ
- `と言われたときは、言葉にならず、気味が悪く、おそろしかった
- `凄い雰囲気の人であった
- `と、捕らえられて後に語った