一三三大太郎盗人の事
現代語訳
- `昔、大太郎というたいそうな盗賊の首領がいた
- `その者が京へ上り
- `物が盗れそうな所があったら入って奪ってやろう
- `と思って窺い歩いていると、周囲も荒れ、門なども片方が倒れて、横に寄せ掛けた脆そうな所があって、男らしき者は一人も見えず、女ばかりが、張物をたくさんとり散らかしている上に、八丈絹を売る者などを大勢呼び入れて絹をたくさん取り出しては選び替えさせつつ品物を買っているので
- `物持ちな所だ
- `と思い、立ち止まって見入っているところに、折しも風が南の簾を吹き上げ、簾の内側に何が入っているかはわからなかったが、皮籠がたいへん高く積まれている前に蓋が開き、絹と思しきものの散らかっているのが見えた
- `これを見て
- `これはありがたい
- `天帝はおれに物を下さるのだ
- `と思い、走り帰って八丈絹一疋を人に借り、持って来て売ろうと近くに寄って見れば、内にも外にも男の姿はひとつもない
- `女たちばかりで、見れば皮籠もたくさんあった
- `物は見えないが、うず高く、蓋に覆われ、絹なども殊のほかあった
- `布を散らかしたりして、物がたくさんありそうな所だ
- `と見える
- `そこで、高値を言って八丈絹を売らずに持って帰り、持主に返すと、仲間たちに
- `こんな所があった
- `と言い回り、その夜来て門に入ろうとしたが、煮えたぎった湯を顔面にかけたような感じがして、少しも入れない
- `これはどうしたことだ
- `と、集い入ろうとするが、ひどく恐ろしいので
- `なにかありそうだ
- `今夜は入るまい
- `と、帰った
- `翌朝
- `それにしてもどういうことだ
- `と、仲間などを連れて、売り物などを持たせて来て見たが、少しも煩わしいことはない
- `たくさんある品物を女たちがみんなで取り出したりしまったりしているだけで、なんでもない
- `と繰り返し思い見届けて、また日の暮れた後、よくよく手筈を整えて入ろうとしたが、また恐ろしく思われて入ることができなかった
- `おまえ、先に入れ、先に入れ
- `と言い合って、今夜も結局入らなかった
- `また翌朝も同じように見え、様子の怪しげなものは見えない
- `ただ自分が臆病なためにそう思われるのだろう
- `と、またその夜もよく手筈を整えて出向けば、前よりさらに恐ろしいので
- `これはどういうことだ
- `と言って帰って話せば
- `やろうと言い出した人が先に入るのが筋だ
- `まず大太郎が入るべきだ
- `と言うので
- `それもそうだな
- `と、身を捨てる覚悟で入った
- `続いて仲間も入った
- `入ってはみたものの、やはり物恐ろしいのでそろそろと歩み寄って見ると、あばら屋の中に火が灯っている
- `母屋の端に掛けた簾を下ろし、簾の外に火を灯している
- `皮籠が実にたくさんある
- `その簾の中が恐ろしく思われると同時に、簾の内で矢を指先でひねって調べている音がし、その矢が飛んで来て身に突き刺さる心地がして、言いようもなく恐ろしく思われ、引き上げようとしたが、そのときも後ろへ引き戻されたように思われたので、必死に外へ出、汗を拭い
- `これはどういうことだ
- `まったく恐ろしい矢調べの音だ
- `と言い合いながら帰った
- `その翌朝、その家の傍らの大太郎の知り合いだった人の家に行くと、それを見つけて豪勢な食事でもてなし
- `いつ京へ上られたのか
- `気にかけておったぞ
- `などと言うので
- `たった今上京した足でやって来たんだ
- `と言えば
- `一杯どうだ
- `と言って酒を沸かし、黒く大きな素焼きの器を盃にして器をとり、大太郎に勧め、家の主が飲んでから器を渡した
- `大太郎はそれをとり、酒をいっぱい器に受け、持ちながら
- `この北には誰がおいでなんだ
- `と問えば、驚いた表情で
- `知らんのか
- `大矢の佐たけのぶが近頃上京して居られるのだ
- `と言うので
- `では入ったりしたら皆、数を尽くして射殺されてしまう
- `と思うと、物も考えられぬほど震え上がり、その受けた酒を家の主に頭からひっかけて駆け出し、料理がみんなひっくり返ってしまった
- `家の主はあさましくと思い
- `なんだ、なんだ
- `と言ったが、振り向きもせずに逃げて行ってしまった
- `大太郎が捕らえられて、武者の屋敷の恐ろしい由を語ったのである