一二四四多田新発郎等の事
現代語訳
- `これも昔の話、多田満仲のもとに猛く悪しき従者がいた
- `生き物の命を奪うことを生業としていた
- `野に出、山に入って鹿を狩り鳥を取り、少しの善根もすることがなかった
- `あるとき、外へ狩りに出て、馬を走らせ、鹿を追った
- `矢をつがえ弓を引き、鹿をつけて行くと、道の途中に寺があった
- `その前を通り過ぎざま、ふと目をやれば、中に地蔵菩薩が立っていた
- `左手に弓を持ち、右の手で笠を外し、いささかの帰依心を起こして、走り過ぎていった
- `その後、何年も経ぬうちに、病の床につき、日々をひどく苦しみ患って、命絶えた
- `冥土に赴くと、閻魔庁に引き出された
- `見れば、多くの罪人が罪の軽重に従って、打たれ、罰せられているが、そのようすが実にむごい
- `自分の一生の罪業を思い浮かべると、たまらなく涙がこぼれてくる
- `そんなとき、一人の僧が現れ
- `おまえを助けようと思う
- `早く故郷へ帰り、罪を懺悔せよ
- `と言った
- `僧に
- `あなたはいったいどなたで、そのように仰せられるのですか
- `と尋ねると
- `僧が
- `我は、おまえが鹿を追って寺の前を通り過ぎようとしたとき、寺の中におり、おまえに見えた地蔵菩薩である
- `おまえの罪業はとても重いものではあるが、わずかながらも我に帰依の心を起こした功徳により、我は今おまえを救おうおとしている
- `と言われたと思い、蘇生した後は、殺生を長く断ち、地蔵菩薩にお仕えした