三五五薬師寺別当の事
現代語訳
- `昔、薬師寺の別当僧都という人がいた
- `別当はしていたが、寺の物を使うこともなく、極楽に生まれることのみを願っていた
- `年老いて病み、臨終を迎えるとき、念仏を唱えながら逝こうとした
- `息を引き取るかと見えたとき、持ち直すと、弟子を呼び
- `見てわかるように、念仏を一心に唱えて死に臨み、極楽からのお迎えが着くのを待っていたのだが、極楽のお迎えは見えず、火の車を遣してきた
- `これは何事か、こんなことは考えられない
- `何の罪で、地獄から迎えが来たのか
- `と言うと、車に付いた鬼どもは
- `この寺の物を、ある年、米五斗借りて、まだ返さぬからその罪迎えに来たのだ
- `と言うそこで
- `その程度の罪で地獄に落ちるいわれはない
- `すぐそれを返す
- `と言ったら
- `火車を寄せて待っている
- `だから、急いで米一石を読経料として供えよ
- `と言うので、弟子どもは慌てふためき、言われるままに供えた
- `その鐘の音がする中、火車は帰った
- `さて、しばらくして
- `火車が帰って、極楽の迎えが今こちらにおいでだ
- `と、手をすり合わせて喜びながら息を引き取った
- `かの坊は、薬師寺大門の北の脇にある
- `いまだなくならずにある
- `その程度の物を使っただけなのに火車が迎えに来た
- `ましてや、寺の物を好き放題使っていた寺々の別当なら、地獄から迎えが来ることは想像に難くない